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ふたなりについて思うこと

最近噂の「ask.fm」というサイトに登録しまして、ちょびちょび質問を頂いては答えてをしているのですが、(よかったら→ http://ask.fm/aikodesyoi )そこに『相模さんがふたなりに関して思うこと、少しでよいので聞いてみたいです。』という質問を頂きました。
私が「ふたなりに関しては思うことがありすぎる」という呟きをその前にしていたのでそれをみて聞いてくださったのだと思うのですが、その通り、女の子同士におけるふたなりについてはずっともやもやと考えていたことがあって、ここにも何回もまとめにこようと新規記事を開いてはいたのですが、そのたび文章にする前にまとまらずあきらめていたので、こうして文章にせざるをえない機会をくださったことが本当にありがたかったです。ようやく言葉にできてすごくスッとしました。匿名で行う質問サイトなのでどなたが質問してくださったかはまったくわからないのですが、回答後にもそれに対してありがたいことにお返事まで頂いてしまっても〜どなたなんですか・・・どなた・・・本当にありがとうございます。
自分の今の考えを忘れないためにこちらにも回答そのまま(じゃなかった読みづらかったので改行はさみました)かいておくことにします。




ふたなりってつまり女の子にないものが生えてくることで、女の子同士のままじゃ(擬似的にできるとはいえ)今までできなかったことができるようになるということだと思います。
これがせっかくある以上ためしてみたい、とか、今までどうあがいたってつながれなかったのにこれがあればようやく、とか、これでもしかしたらもっともっとよくしてあげられるかもしれない、とか、葛藤、思い、好奇心、恐怖心、それだけで二人の間にいろんな感情が沸いてきてとっても興味深いのですが、私はどうしても、

『これがあればこれがあればの「これ」って、「女ではどうやったって手に入らないもの」で、「女じゃ無いもの」で、「自分の性じゃないもの」で、いわゆる「男性の象徴」なのだ』
『女の子同士だけれど、女の子同士でもそんなんどうでもよかったしそれでいいんだかまわないと思っていたけれど、結局、「これ」から逃れられないのかもしれない』

という風にちらと思ってしまい、ぞっとしてしまうのです。
そういう背徳感?的なものがあるからこそ良いのだと思うし、それがふたなりの魅力のひとつだと思うのですが、どちらかというと、私はそこでドキドキするというより上記の理由でどうしても辛く寂しくなってきてしまいます。似た理由で男性器を模したおもちゃが出てくる描写もちょっとつらい。( 正直、これは私がすっごい私情を挟んでいるせいもあります。なんというか生えてくるって単純にうらめしいうらやましい)
とはいえ、すてきな作品にも今までいくつか触れてきましたし、上に記したとおり魅力があるものだともわかっています。このあとまたどう考えが変わるかもわかりません。現時点では、どうしても苦手意識がある、といった感じです。

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2014-01-09 : メモ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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あいあい

相模

Author:相模
女の子を描くのが大変好きです。気ままにまんがをかいたりらくがきをしたり興奮しています。
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